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木村 学
木村 学
東京大学大学院
理学系研究科教授
日本地質学会元会長

「知りたい」にドライブされて 〜 ヘテロの交流で自己研鑽を

東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻
教授 木村 学

    ゴーギャンという画家の有名な絵に「Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?『われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか』というのがあります。彼がタヒチで死を前にして、文字通り死力を尽くして描き上げた世紀の名作です。これこそまさに科学の精神そのものです。宇宙の起源・現在・未来、地球の起源・現在・未来、生命の起源・現在・未来を「知りたい!」という思いに駆られて私たちは科学を発展させてきました。科学とはいわば「自分探しの旅」ともいえます。私自身も、この一部を切り取り、地球の起源・現在・未来を研究の対象として人生を過ごしてきました 。
 子供の頃、「これは何?どうして?なぜ?」と多くの疑問を素直に発して、皆さんも成長して来たと思います。これこそ科学の根本精神です。残念ながら、ある時から過酷な受験競争の中で、全ての疑問にはあたかもすでに答えがあるかのような錯覚が生まれ、「正しい答えを如何に速く応えられるか」が競争に打ち勝つ価値であるような教育の下で過ごさざるを得ない現実があります。しかし、「なに・なぜ問答」こそ「知の創造」の原動力なのです。
 今から2400年も前に、「なに・なぜ問答」を繰り返して最後には死刑になってしまった有名な人がいます。ギリシャのソクラテスです。想像するに、彼は知ったかぶりをする人に次々と「なに?なぜ?」と次々と疑問を発したに違いありません。そして、誰も自分が無知である事を知らない、私だけが無知である自分を知っている「無知の知」という有名なメッセージを残します。今でも子供が「なに・なぜ」と次々と疑問を発すると、大人は答えに窮し、煙たがり、「へ理屈を言うもんじゃない!」とよく言いますね。政治が絡んだりすると大変なことになるかもしれません。ソクラテスは何も反政府的なことは言っていないにも関わらず、「うざい!(現代若者用語)」と思われ、毒杯による死刑となってしまいます。ソクラテスの裁判を目の当たりにしたプラトンが、「ソクラテスの弁明」を書き残し、アカデミアを作り、全ての自然現象には1つの真理(イディア)があるに違いない、と問答の場を展開したのですね。そして面白いことに、このプラトンにきちんと反発する弟子も生まれたのですね。アリストテレスです。「先生!ちょっと待った!1つの原理だけ分かれば全てが分かるっていうのは、おかしい!この多様な自然の森羅万象をまるごと分かってはじめて分かったと言えるはずだ」というようなことを言って議論を巻き起こしたのですね。ここに近代そして現代科学へつながる「知りたい」という思いの原点があります。人類はそれから2000年もの間、眠り続け、ルネッサンスを経て、ようやくガリレオ、デカルトにはじまる本格的な科学の前進を開始、さらに300年を経て、20世紀という科学爆発の世紀に至りました。しかし、その科学の急進展は人類の爆発的増殖をもたらし、逆に人類自身の生存の危機の直面しているのが21世紀です。
 このような人類危機の中で、科学の力によって未来を拓く事が強く期待されています。すなわち科学が「役に立つ」ことを求められています。では、「知りたい」と「役に立ちたい」の関係はどのように考えれば良いのでしょうか。基礎科学(理学)は長期的視野で役に立つ、応用科学(工学、農学、薬学、医学など)は短期的に役に立つ、とよく言います。こんなたとえ話はどうでしょうか。世界で1つしかないとっておきのうまいワインを飲みたい、と思ったとします。ワインは、土壌、気候、水、などの環境要素に、ぶどうと酵母という生命活動の複雑な所産の結果できます。世界で最もうまい1つのワインの背景に世界中の膨大な数のワインがあってはじめて成り立つものです。  基礎科学とは、自然の中から膨大な新しい事実を発見すること、すなわち「知る」作業です。その中から、役に立つ事実が選ばれて、未来の設計に供されるのです。科学技術とひとくくりにされますが、「知る」ことを目的とするのが科学、「役に立つ」ことを目的とするのが技術といえます。科学・技術として、間に点を入れて区別されるべきものです。膨大な「知る」作業の土台なくして「役に立つ」ことは不可能なのです。国の、社会の本当の力はこの「知の財産」をどれほど持っているかで決まります。  さて、どうすれば膨大な新しい事実を発見できるのでしょうか。その鍵はまさに「ヘテロの交流」にあります。狭い専門分野に閉じ込められると、ともすると「たこ壷」に入り、独創の発想は得にくくなり、新しい発見作業は鈍化します。異分野、異文化との活発な交流こそ「知の創造」の鍵なのです。その意味で大阪府立大学理学研究科のこの「ヘテロ」の事業は極めて画期的です。
 最後に、若い皆さんに是非、心にとどめておいていただきたい事は、「時を読む」重要性です。宇宙の歴史137億年、太陽系・地球の歴史46億年、生命の歴史40億年、人類の歴史700万年、ホモサピエンス20万年、文明8千年、日本弥生人渡来以降2300年、国の形成以来1300年、明治維新以来140年という長大な時間の流れの中で、皆さんの人生はいくら長くても100年に満たないということです。20歳前後においては、時間が無限に存在しているかのような錯覚があります。1回しかない人生、世界で一人だけの自分、その皆さんが「世界で一つだけのとっておきの発見」のために大いに邁進されることを心から期待しています。(http://web.mac.com/tectonicsgaku