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吉田 寿勝
大阪府立大学名誉教授
大阪府立大学
理学系研究科初代科長

大学院教育にもっとヘテロな要素を

大阪府立大学大学院理学系研究科
初代研究科長 吉田壽勝

    平成5年大阪府立大学大学院旧理学系研究科の設置に関った一人として、文部科学省・平成20年度組織的な大学院教育改革推進プログラムに本研究科提案の「ヘテロ・リレーションによる理学系人材養成」が採択され、所期の成果を挙げられつつあることに敬意を表します。
    本プログラムに関連して、私は1970年代助手として在職した大阪大学基礎工学部合成化学科での外国人教師による学部3年生の専門必修科目「無機化学」の講義を思い出した。外国人教師は1年契約で、イタリア、カナダ、ニュージランドの大学の若手講師クラスをサバティカルを利用して招聘し、英語の教科書を用いて週1回の前・後期講義を担当してもらった。必修科目であるから成績評価も英語で行われたが、単位取得率は日本人教授による講義と遜色なかったと記憶している。本プログラムの外国人ゲストプロフェッサーによる講義についての評価レポートでは、院生の英語力の貧弱さと受動的な受講態度に言及しておられる。しかし英語力以前の問題として、受講態度についての評価は、院生の専門学力と学習意欲にも関連しているのではないか。基礎工学部の経験から、講義についてのある程度詳細な要旨を前もって配布するなどして、学生に予備知識を与えるとともに、何らかの成績評価をすれば、学生の理解度や学習意欲も向上し、外国人ゲストプロフェッサー招聘事業の目的がより一層達成されると期待される。
    定年退職して10年、大学院教育の現状については正確に把握していないが、敢えて一部外者として、とくに博士後期課程について、ヘテロ・リレーションの観点から思うところを述べさせていただく。わが国における博士学位取得者の社会的評価は理系といえども,依然として高いとはいえない。学位を取得しても、高額の奨学金返済を抱え、大学・研究機関には任期制の職しかなく、また企業に就職しても年齢給与体系が適用され学位は殆ど評価されない。海外への工場移転にともなうわが国産業の空洞化や競争力の低下は近年ますます加速し、本来ならば企業は研究開発のため博士号取得者を数多く必要とする状況にある。しかしながら大学院重点化にともなう博士後期課程定員増もあり、専門分野にもよるが、依然としてオーバードクター問題は深刻である。従来から若手研究者の指導育成は、例外もあるが、学部卒業研究、博士前期・後期課程と6年間一貫して同じ指導教授のもとに行われている。このシステムは学生と指導教授双方にとって研究成果を挙げるのに最も効率的であり、見直しされること無く存続し続けている。この閉鎖的にして均一的な環境で育成される若手研究者は、指導教授の狭い研究分野では優れているが、視野が狭く、多様性に欠ける嫌いがある。狭い専門分野に凝り固まった人材は産業界の期待する人材像とは程遠く、修士修了者は歓迎するが博士号取得者が必ずしも必要とされない理由の一つであろう。本プロジェクトの大学院生海外派遣事業「短期留学」は、目的とするコミュニケーション能力の鍛錬以上に、高い専門能力とともに、幅広い視野と多様性を持つ人材を育成する取り組みとして期待される。博士前期課程の院生が海外の大学に留学し外国人教授の研究指導を受けることは、技術・知識・ノウハウの習得だけでなく、研究テーマについて異なる観点からのアプローチがあることや研究成果をさらに発展・応用するための様々な考え方を学び、将来研究者としての幅広い視野と多様性を育てるのに効果的である。このためには、海外留学にとどまらず、理学系研究科内でも専門分野の異なる教授からなる正副複数指導体制など教育システムにヘテロな要素を取り入れることも必要であろう。
    わが国では学位審査では指導教授が主査を務めることになっている。40年前ポスドクとして2年間滞在したオーストラリア国立大学では主査は他大学の同じ専門分野の教授に依頼していた。学位論文の質は院生本人の能力・努力によるが、教授の指導力にも左右される。考えてみれば、指導教授が主査を勤めることは、自身の指導力をも審査するという奇妙なことになる。また指導教授が主査になることは、学生の自主的な研究を妨げ、自立的な研究者の養成には障害になりかねない。本理学系研究科ではパリ第6大学との共同学位制度に基づいて、相手方の学位審査に本研究科の教員が参加しておられる。今後この先進的な取り組みをさらに拡大して、国内外の教員に主査を依頼するなどヘテロな要素を導入し閉鎖的な論文審査システムの改革にも取り組まれることを期待します。