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Tomio Petrosky
Senior Research Scientist
Dept. of Physics
The University of Texas

国際人になるために: 雑学の勧め

テキサス大学複雑量子系研究所 上級研究員
Tomio Petrosky

    大阪府大の皆さんは「ヘテロ・リレーションによる理学系人材育成」というプロジェクトによって、国際舞台に羽ばたく機会が与えられています。そこで国際人になるとはどう言うことか考えてみましょう。実は皆さんの常識とは反対に、国際人になるとは日本のことを知ることなのです。想像してみて下さい。貴方が例えばフランスでそこの友人に夕食に招待されたとします。そこで、その友人が、フランスの在る時代に付いて、その頃の日本はどうだったかと聞かれたとします。そのとき貴方が「私は日本の歴史は良く知らないが、現在は国際社会にますます開かれて来たと言うことで、学校で世界の歴史やフランスの歴史を一杯勉強して来た。だから、フランスの歴史なら知っているのでそれに付いて話しましょう」と答えたら、相手はどんな反応をするでしょう。「貴方からわざわざフランスの歴史を教わる必要はありません」と考えると思います。その反対に、たとえたどたどしいフランス語や英語でも良いから、「私はフランスの歴史は何も分かりませんが、日本のことなら任せて下さい。そんな頃は、日本ではこんな時代だったのですよ」と答えることが出来たら、その友人は間違いなく貴方に興味を持ってくれ、また、貴方を尊敬してくれます。外国語を話せるかどうかは本質的には慣れなのです。国際人としての最も重要な条件は、如何に流暢に外国語が話せるとか外国に関する知識を持っているかと言うことでは在りません。それどころか、貴方の友人はその国のことに関して無知な貴方に教え、貴方はその友人に日本のことを教えることで互いにより親密になることも出来るのです。日本は、世界史的に見ても歴史が長く、かつ、大変独自な文化を持っている国です。外国の方は、自分の国に誇りを持ち、日本独自な物の考え方や歴史を語れる方を尊敬してくれるのです。一人前の国際人になるとは外国の知識を手に入れることではなくて、日本の知識を手に入れることだとは、面白いと思いませんか。
    もう一つ常識に反したことに触れておきましょう。人間の厚みとはどれだけ役に立つ知識を持っているかによって決まるのではなく、どれだけ余計な知識を持っているかで決まるのです。そのことを私は子供の頃のある体験で習得し、今でもそれを使っていることをここで紹介しましょう。私は子供の頃昆虫や野鳥を観測することが大好きでした。母親から図鑑を買ってもらい、時間があると毎日それを見ながら恍惚としていました。私の頭の中にはまだ見たことがない、そしていつか会ってみたい昆虫や野鳥たちで一杯になっていました。そんな時に、突然目の前を横切った鳥が今まで夢にまで見た野鳥だったときの感激は忘れられないものでした。この感激は、今目の前を通った鳥が何であるか知らないので、それを図鑑で調べて分かったから感激しているのではありません。会う前にもう分かっているものに会えたから感激しているのです。その後、大人になって私は全く畑違いの理論物理学をやるようになりました。理論物理学では毎日複雑な数学の公式をいじくり回さなくてはなりません。そんな時、多くの方は今までに見たこともない積分などにぶち当たった時に、数学の公式集を参考にしてそれを積分しようとしているようです。しかし、私のやり方は違っていました。私は子供の頃図鑑を見ているときのように、普段時間があるときや寝る前に、何の目的もなく恍惚として数学の公式集を見る習慣が出来ていました。その公式が何の役に立つなんてことはどうでも良いのです。昆虫図鑑を見るようにただ恍惚として眺めている。そんなことを繰り返しながら、自分の理論物理学の問題を解こうとしている時に突然目の前を鳥が横切るように、ある積分が目の前に出てくる。その時私は、「あっ、これだ。この積分はあそこに出ていた」とその公式集を紐解きながら多くの問題を解いて来ました。分からないから公式集を見るのではなく、何の役に立つか分からないけど公式集を恍惚として眺めている。そのことがいろいろな問題を解く鍵になっている経験を何度もしました。 理数系の知識ばかりでなく、何時役に立つか分からない雑学の方が、いざと言う時に物を言う経験を何度もして来ました。若いあなた方にとって今大切なことは、自分の専門分野をトコトンものにしていくだけではありません。若いと言うことは、あらゆることに知的好奇心を持っていると言うことなのです。この知的好奇心が豊富な若い時に、自分の理科系の専門分野ばかりでなく、文科系の雑学も一杯身に付けておいて下さい。これは、勿論上にも述べた国際人としての最低条件なのですが、そんなことよりも貴方を一回りも二回りも厚みのある人間にしてくれるのです。皆さん、その厚みを持ち、かつ「ヘテロ・リレーションによる理学系人材の育成」のような制度を利用出来る幸運を大いに利用して、世界に羽ばたいて下さい。