クローズアップ 教員 インタビュー

分子科学課程 / 分子科学専攻

機能分子設計学研究室

2014年3月

准教授 神川 憲 Ken Kamikawa


「面白い研究」とは。出会えるか?分子との粘り強い対話の先に。

Q.1 担当しておられる授業を教えてください。
有機立体化学、分子構造解析1、有機化学演習1、分子科学実験1、2、分子科学課題実験、有機化学特論
です。
Q.2 どんな授業スタイルでしょうか。
私が授業で担当する範囲は、有機化学を学んでいくうえで基礎になる大事な所なので、学生さんが最初からつまずかない様に、丁寧な説明を心がけています。大事な所は、授業中に何度も繰り返し確認してから前に進む様にしています。
Q.3 ご専門の研究内容、研究テーマを教えてください。
有機金属化学、不斉合成化学です。
有機化学は、一言でいうと「炭素の化学」です。炭素の化学がどうしてこれほどまでに大事かというと、もちろん我々の身体は、炭素を基本の構成元素として活用し、成り立っているからです。また、身の回りには、食料、衣料、染料、香料、薬をはじめとして様々な炭素から成り立つ化合物があります。
これらは、もちろん天然から採取されるものもありますが、化学的に合成して供給しているものもたくさんあります。「天然にあるもの」、あるいは「天然にないもの」を有機化学の力を使って合成するのが、我々の仕事です。その中でも、特に私は有機立体化学に関する研究を主なテーマとしています。
みなさんご存知かもしれませんが、分子は三次元的な構造物です。その三次元的な分子は、時として「見た目はまるで同じだけれども、異なる分子」を生み出します。ちょうど、右手と左手のように、見た目一緒でも右手に左手用のグローブは入りません。分子の世界でもこれと似たようなことが起こります。即ち、見た目が同じでも、同じ様には扱えない場面がでてきます。
例えば、医薬品などでは、これらの右手型の分子と左手型の分子とでは、身体の中で薬として作用したり、毒になったりと異なる働きをする場合があるので、分子をよく見分けて「必要な方だけを選んで合成する」必要があります。ですから、右手なら右手、左手なら左手様の分子をきっちりと作り分ける技術が必要になってきます。このような分子を選択的に合成することを「不斉合成」といいます。「不斉合成」は、とても大切で現代の有機化学の大きな研究の方向性の1つになっています。しかし、見た目全く同じ化合物を作り分けるのは、大変なので色々な他の力を借ります。
私たちは、特に「遷移金属」という金属の力と「反応の微妙な差異を感じられる分子」の力を借りて、反応の進行する方向を制御する方法論の開発を目指しています。また、私たちの研究の芽が将来のこの分野の発展につながることを願って、日々研究を行っています。
Q.4 ご自身の研究を通して、社会にあるどのような課題の解決を目指しておられますか。
自分の研究がすぐに社会のある課題の解決に繋がるとは考えにくいですが、不斉合成化学の基礎研究の発展に寄与したいと考えています。いろいろな人がいろいろとアプローチする中から、優れた方法論が見つかります。ですから、サイエンスとしての私なりアプローチの仕方で、自分の選んだ化学の基礎的な研究を追求して努力していきたいと考えています。
Q.5 研究心得のようなもので、学生に伝えたいことを教えてください。
学生さんには、「フラスコの中で起こっていることを、見逃さないようにしてほしい」といっています。そのためには、よく観察し反応の進行を自分の目で確認することが必要です。しかしながら、「知りたい」という気持ちがあるのならば、先生に言われなくてもフラスコの中で何が起きているのかを知りたくて当然の筈です。このような能動的な行動が新しいことを見つけるきっかけになります。

また、「楽しく研究をする」という言葉は、学生さんには気を付けてほしいと思っています。
おそらく「面白い研究をする」ということの方が、しっくりくると思います。この「面白い」ことを見つけるためには、きっと「面白くない」ことにも取り組み、それらをきっちりと積み上げなくてはならないでしょう。でも、その「面白くないこと」にも我慢して取り組んだ結果、「面白いこと」が見つかると、「研究は楽しく」なります。
はじめから、なんでも無条件に楽しいことなど学問の世界では、ありえないと思うのです。困難にであっても、くじけず粘り強く分子と対話を続けることが大切であると思います。

Q.6 研究が成功したときを振り返られて、大切なことを教えてください。
一生懸命努力した成果が実って、いい結果が出せた時は誇らしい気持ちになり気分が高揚します。しかし、そこで慢心しないことが大切だと思っています。自分のその小さな成功をより大きな成功に繋げるための努力は果てしなく続きます。これで十分と思った瞬間に進歩が止まってしまい、本当にちっぽけな成功で終わってしまうので、とくに注意が必要だと自分に言い聞かせています。
Q.7 研究に失敗したときを振り返られて、大切なことを教えてください。
研究を行えば、多くの場合失敗します。そこで、萎えて諦めてしまうともう少し頑張れば出会えたかもしれない成功に永遠に巡り会えなくなります。ただし、どこまで頑張るかのさじ加減は微妙で、納得のいくところまで頑張ってだめなら、時には引き下がることも必要です。ただ、そのまま引き下がるのではなく、ちょっと視点を変えて違う観点からアプローチすることで新しい世界が開ける場合もあります。
学生さんにこの感覚を理解してもらうのは難しいので、指導者とよく話し合いながら建設的な意見交換をすることが必要でしょう。それを繰り返すことで、自らの感性も養われていくと思います。
Q.8 セレンディピティを実感した体験がおありでしたら教えてください。
化学の研究者はセレンディピティによく出くわしていると思います。私の経験からいっても、自分の研究の中で「面白い研究」は、「思いもかけずにできてしまった」ことが、起点となっていることが多いです。その幸運は、だれにでもやってきますが、それをものにできるように日頃から、よくフラスコの中を観察する必要があります。そして、思っていたことと違うことが起こったらチャンスです。これは『なぜ?』と思うことが大切でしょう。新たな扉が開いている可能性があります。
Q.9 研究者の道を志したきかっけを教えてください。
父が大学の有機化学の先生であったことが大きいです。家には自然と化学に関する学術雑誌や本があふれていました。そして毎週日曜日には、朝からその学術雑誌を一生懸命読んで勉強している父親の背中が、目に焼き付いていました。おそらく、父親のようになりたいと思ったことがきっかけだったと思います。確か、卒業文集の「将来の私」にも「化学者になる」と書いていた記憶があります。あとは、恩師との出会いでしょうか。厳しく鍛えてもらいました。その恩師の強烈なリーダーシップに導かれて、学生時代は、本当によく実験しました。毎日、大学の行き帰りの電車の中で、いろいろと実験のアイディアを考えて試行錯誤していました。学生のみなさんも、あの時は本当に頑張ったといえる経験が必要です。どれだけ学生時代に頑張ったかが、その後の人生における頑張りの「基準」になると思います。
Q.10 座右の銘や好きな言葉があれば教えてください。
  • 「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています」 (イチロー)
  • 「苦悩というものは、前進したいって思いがあって、それを乗り越えられる可能性のある人にしか、訪れない。だから苦悩とは飛躍なんです」 (イチロー)
  • 「問題解決の基本は疑問を持つこと。この結論が最善の結論だというところを疑ってみる。そうすると問題解決の糸口が見えてくる。」(大前研一)
Q.11 映画・音楽・エンターテインメント・小説をはじめ文化全般に触れたときに着想されたことや感じたこと、旅先で訪れた異国、国内のことなど、最近、心に残ったことがあれば教えてください。
中国北京で国際学会に行った時のことです。私が国際会議の場で講演した内容についていろいろと質問をしにくる中国の学生さんの意欲あふれる姿を目の当たりにしました。彼らから、研究にかける情熱がほとばしるのを感じました。いま、中国やその他のアジア諸国は、豊かな生活を目指して大いに経済が活性化されると同時に、学術の分野においても日に日に存在感を増して来ています。ものすごい生産性で世の中に成果を発信しています。それと比較して、若い世代の日本人はどうでしょうか?確かに、今は高い研究レベルを誇っていますが、それは先輩諸先生がたの死にものぐるいの努力のおかげです。
今後は、我々以下の世代がもっと泥臭く頑張らないといけないと気づかされます。このように外に出て頑張っている人たちに会う度に、いろいろと考えさせられます。ですから、日本の若い学生さんにも、アジアあるいは世界でアクティブにがんばっている同世代の人たちが今何を考え、どれだけ努力しているかをその目で見て来てほしいと思っています。そして、そこで感じたことをもとに、自分の今までの姿と照らし合わせ比較検討して、自分の中で何かが変わるきっかけにしてほしいと思っています。また、そのような「気づき」の機会を提供するのも教員の大切な役割の1つであると思っています。
Q.12 二〇代に薦めたい書籍を教えてください。
  • 「世界で一番売れている薬」山内 喜美子
  • 「生命とは何か」シュレーディンガー
  • 「炭素文明論」佐藤健太郎
神川 憲