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溝口 理一郎
大阪大学
産業科学研究所教授
(Intl.) Semantic Web Science Assoc. Vice President
人工知能学会元会長
Intl. AI in Education (IAIED) Soc. Former President

「Heterogeneity, diversity,そしてdifference」

大阪大学産業科学研究所
教授 溝口 理一郎

    一人の教授として、私も研究室という小さな世界で日夜学生の教育に苦心していますので、大学院GPプロジェクト「ヘテロ・リレーションによる理学系人材育成」の精神に大いに共鳴しているところです。本稿では本GPアドバイザリーボードメンバーとして、思うところを述べさせていただきます。
私が行っている研究課題の一つにコンピュータによる学習支援というものがあります。学校教育における学習だけではなく、人はいろいろな状況で学習しながら成長します。人生、全て学習の連続とも言われます。その学習をより実りのあるものにするために教師がいるわけですが、実は最近の学習理論では、教師以外の人として「学習仲間」の重要性が指摘されるようになっています。通常、教師は「教授する」訳ですが、その場合学習者は受け身になりがちで、与えられたことを単に受け取るだけで、正しく咀嚼して、自分のものとして理解させるための最適な方法であろうかという点に疑問が呈されています。その結果、そのような教師による教授ではなく、学習仲間と助け合って、協調的に学ぶという方法論である、協調学習が注目を集めています。そして、その協調学習理論が訴える最大重要要因が「Heterogeneity(ヘテロ)」なのです。異なった見方をする同じレベルの学習仲間と意見交換することによって、学習対象を深く学ぶことが出来るというのです。Heterogeneity、DiversityそしてDifferenceは物事の多面性を理解するために不可欠であることはよく言われることですが、この3つがそこかしこに埋め込まれた環境を作ってあげれば学生は大いに学び、大学教育が成功すること請け合いです。この学習の真理を正しく実践するプログラムを計画し、実施されている府大の先生方の慧眼に感服している次第です。
 実は、Heterogeneity、 Diversity、 Differenceは我々日本人にとっては外国の人より一層重視しなければいけない要素であるとも思います。日本は極東の島国という地理的環境において何千年も文化を培って来ました。それ自体は、独自の文化を創り上げてきたという意味ですばらしいことでありますが、同時に、世間知らずで上の3つの要素に「弱い」という欠点も生み出してしまったことは自覚すべき事であります。異質なものを警戒し、同質性が持つぬるま湯に身を任せて、無意味にグループを作って活動して、個を埋没させる傾向があります。この国際化時代にはそのような日本人は生きていけません。特に理系の人間は世界との交流が必須です。学生時代から外国人と深く交流する機会を設けて、日本にしっかり根を下ろした国際人を育てるには、Heterogeneity、 Diversity、 Differenceがちりばめられた環境が非常に役立つと信じています。
 もう一つ別の見方をしますと、Heterogeneity、 Diversity、 Differenceの3つは科学者に要求されるCreativityの最重要要因でもあるのです。アインシュタインの相対性理論のようなとてつもない独創的なもの以外の普通の独創的な発想の多くは、他の分野で知られている事柄を新しい分野に持ち込んだ結果であるものや、既知のもの同士のこれまでに無かった新しい「組み合わせ」によって生まれたものであると言われます。このような独創的な思考力を育てるにはヘテロな環境が非常に役立つと思います。
 このように考えてきますと、ヘテロ・リレーションによる人材育成を実行すると、多様な見方が出来る、独創性の高い国際人がどんどん輩出されそうで、わくわくしてきます。しかし、もし付け加えるとすれば、学習理論が強調する「動機付け」の重要性があると思われます。教師がいくらがんばっても、いくらヘテロな環境を作っても、肝心の学習者が学ぶ「動機」に乏しいと空回りしかねません。動機付けへの配慮は学習を実のあるものにするために大変重要です。動機付けには内的動機付けと外的動機付けがありますが、両方を組み合わせたいくつかの動機強化策を用意すれば成功間違いなしと思います。今後の成果を期待しております。